それはまるで、呪文のよう。
「彼女が俺に好意を抱くなんて、そんなコトにはならないよ」
ならない。ならないで欲しい。
――― 欲しい?
突然湧いた言葉に、慎二は激しく抵抗する。
その言葉を早く消し去りたくて、開きかけた智論の口を強引に制する。
「お前こそ、ずいぶんとご執心だな。彼女に何か借りでもあるのか?」
「そんなモノないわ」
「言っておくが、彼女は死んだ女とは別人だぞ」
言い放つ。
そう、慎二は言い放った。
瞠目したまま言葉の出ない智論に、満足気な笑みを浮かべる。
「彼女は、死んだ女の生まれ変わりでもなんでもない。彼女を助けても、死んだ女は生き返らない」
「助けるつもりなんてないわ。そもそも、どうして私が、死んだ人を生き返らせようとするワケ? 私が自殺に追い込んだワケじゃないわっ」
「だがお前が動けば、愛華を糾弾することはできた。なにせお前は、理事長殿の孫娘なんだからな」
無言のまま睨みつける智論を、顎を上げて半眼で見上げる。
「私を、責めるの?」
「自分は無実だと?」
「そんなつもりは……… ない。慎二こそっ!」
弱くなる声音を無理矢理奮い立たせ、俯きがちになっていた顔をあげる。
「美鶴さんに、何を期待しているのっ?」
「期待なんて」
「嘘よっ」
バンッとテーブルを叩く。
「さっき言ったわ。彼女は違う。彼女は傷ついたりなんてしない」
腕を引っ込め、首を傾げる。
「あなたこそっ 織笠先輩に対して後ろめたさを感じているんじゃない?」
相手を小バカにしたような口ぶりでそう告げた後、すぐに訂正する。
「違うわ。後ろめたさなんかじゃない」
「?」
「期待しているのよ」
「何を?」
「どんな困難に陥っても決してヘコタレない、自殺なんかしてしまわない、そういう女性を期待しているんだわ」
年下でありながら、まるで年上のような態度。だが、所詮は一歳しか違わない。生まれた頃から知る間柄に、年の差など何の意味もない。
そんな幼馴染様の決めつめたようなセリフに、慎二はくだらないとばかりに言葉を吐く。
「バカなっ」
「あなたは、女性が怖いだけ。また織笠先輩みたいに、潰れてしまう人を見るのが怖いだけよ」
「女なんて、恐れるような存在でもない」
そうだっ 女なんて―――
いつになく呼吸を荒げる慎二の態度に、智論はゆっくりと口を開いた。
「あなたは探しているんだわ。織笠鈴や桐井愛華みたいじゃない。弱い女性ではなく、もっと強くて逞しい女の人。それを大迫美鶴さんに期待しているのよ」
「バカバカしい」
「強ち、的外れでもないと思うけど」
智論が身を乗り出した時だった。
「あのぉ〜」
控えめな声に、二人とも振り向く。視線の先で、仲居がおずおずと口を開いた。
「お食事の用意が、できておりますが」
「あぁ」
彼女の言葉にニッコリと笑い、改めて智論を見上げる。
「悪いね。時間切れのようだ」
そう言って立ち上がり、さっさと廊下へ足を伸ばす。
「待ちなさいよっ」
慌てて伸ばされる智論の手を、皺枯れた手がやんわりと押さえた。
「木崎さん」
驚く智論に、木崎はただ無言で頷いた。
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